hanekakusiのブログ

『猫とかわうそ』http://hanekakusi.web.fc2.com製作日記です。読書の感想も書いています。

マチューリン『バートラム』

現在、マチューリンの戯曲『バートラム』を翻訳中です。この作品は、スコットとバイロンの後援のもとに上演され、ある程度の成功をおさめました。主演がエドムンド・キーンという有名な俳優だったらしいです。ただし、コールリッジが「非道徳的」と公然と酷評するという痛手がありました。そのせいで彼は牧師としての出世の道を断たれ、生計を立てるために文筆業にいそしみます。しかしこの後に発表した戯曲はことごとく不評で、生活苦に追い込まれてしまいました。そこで『メルモス』など小説を書いて糊口を凌ぐことになったのです。

『バートラム』は、プロットが『メルモス』と共通しているので、『メルモス』の理解に参考になると思います。作品としては・・・この作家は好きなので好意的に見たくはありますが、コールリッジでなくてもダメ出しできるかもですね。

物語というのは、本来「かくあるべし」という決まりはないと思います。読みにくければ人に読んでもらえないだけです。でも戯曲は違うと思うのです。書きたいように書くのではなく、劇として魅力がないといけません。

読んでいて、話の進行上無意味な台詞や、不要な登場人物が多すぎます。それに、ずっと同じ調子で話が進んで行きます。起承転結の転がないのです。バートラムが最初からやりそうなことを何の期待も裏切らずにやって、話が終わる。公演当時も冗長で退屈と言われたそうですが、その批判は的外れではないようです。しかし『メルモス』もずっと陰気に話が進行して何の救いもないですから、それと同じですね。きっと作者の精神構造が、こういうプロットを作り出すようになっていたのです(それは仕方のないことですし、間違ってはいません。基本作家は、何か重大な精神的変化がない限り、同じプロットの作品を作りつづけるもののようです)

悪口ばかり書いてしまいましたが、この作品はフランスでは好評だったようです。以前翻訳した『パリの憂愁』の『31素質』という作品に、次のようにあります。

昨日、僕は劇場へ連れて行ってもらった。空と海が背景になっている大きくて陰気な城の中では、男たちや女たちも深刻で悲しそうなんだけど、いつも見る人たちよりずっと綺麗で、ずっといい身なりをしていて、歌うみたいな声で話すんだ。彼らは脅かし合ったり、求め合ったり、悲嘆に暮れたりして、しょっちゅう帯に差した短剣に手をかけるのさ。ああ、すごく綺麗なんだ

この描写が特定の戯曲を想定していたかはわかりませんが、『バートラム』の場面によく似ています。ボードレールはマチューリンの読者です。それと、上演の際ラストシーンで本当に自分を刺しちゃった俳優が居たらしく、それでも話題になったそうです。

この作品の最大の魅力は、善悪の基準ではかれないバートラムという人物だと思います。バートラムとイモジーヌは、メルモスとイマリーの原型と言えます。ただし、後者の方が格段に魅力的な人物になっていると思います。