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hanekakusiのブログ

『猫とかわうそ』http://hanekakusi.web.fc2.com製作日記です。読書の感想も書いています。

『人はなぜ戦争をするのか』

読書

フロイトの評論を集めたものです。人はなぜ戦争をするのかというアインシュタインの問いに対し、フロイトは、人間には性的欲動(エロス)と攻撃欲動(タナトス)があり、攻撃欲動というのは無くならないものだと説きます。しかし、人に愛されたいというエロス的欲動を強めることで、タナトスを制御できるのではないかという可能性を示しています。

今の精神医学・心理学からすれば古い理論も多いとは思いますが、やはりフロイトの洞察はすごいですね。しかし現代では薬物療法が主体ですし「神経症」という病名自体あまり聞かなくなりました。余談ですが、ヒステリー(解離性障害)患者の近親相姦ファンタジーについても、フロイトの頃は患者の妄想だと捕らえられることが多かったようですが、現代では多くの場合で現実に起こったことと見做されるようです。

ところでフロイトを読むといつも思うのですが、フロイト界では人間は自分の欲動に基づいて行動するのみです。道徳というのは、周りから愛され共同体に受け容れられるという目的のため、後から身につけるにすぎません。(アドラーも共同体感覚は教育で身につけるものだと言っていますね)この理論は基本的には正しいとは思うのですが、明らかに自分のためにはならない努力を他人のためにする人物も、中にはいるのではないでしょうか。フロイトによると、精神を病んだ人間は退行して(後天的に身につけた道徳観を失い)利己的になるはずです。しかし実際に統合失調や定型うつの人を見ると、(意思疎通が出来ないほど重症でなければ)正常な人ではありえないほど他人に思いやりがある場合が多々見られるのです。精神病の人たちが他者を自分のように思いやれるのは、自他境界が曖昧だからだとも考えられます。口唇期の幼児の状態に近いとも言えます。

ユングはリビドーの理論でフロイトと対立し、彼の下を去って行きました。私はユングフロイトは、純粋に性格のタイプが違ったのではないかと思います。ユングは自我(エゴ)の上に自己(セルフ)を置きました。セルフとは何かと質問された時、ユングはそこの講堂にいるすべての人が自分にとってはセルフなのだと答えたそうです。またユングは、世界霊魂とかも研究していました。しかしこうして自分の領域が全世界まで敷衍してしまうというのは、ある意味精神病的かもしれません。フロイトにはこういう感覚は理解できなかっただろうと思います。ロマン・ロランに「あなたには大洋性の感覚がないのが残念だ」と指摘された時、「私の中にはそれはない」と明言していますから。

恐らくは人間は自分の欲動を叶えるために行動するものなのでしょう。それでも、人のために自分を譲る人も中にはいないと世の中はずっと生きづらくなる、そうウィリアム・ジェームズが言っていたのを思い出しました。