hanekakusiのブログ

『猫とかわうそ』http://hanekakusi.web.fc2.com製作日記です。読書の感想も書いています。

『妖精の女王』

タイトルを見るといかにもファンタジーっぽいのですが、そうではありません。道徳教育を目的として書かれた寓話です。妖精の女王とは、当時の統治者エリザベス女王のことです。

この作品を読んで、私は文学の功罪というのを考えずにはいられませんでした。以前の私は古代ケルト人のように、詩人の言葉は神の言葉であると幾分無邪気に信じていました。ワーグナーの『ニーベルングの指輪』が好きなんですが、この作品自体はラインの黄金のようなもので、ナチスに悪用されたとしてもそれは全てチョビひげのアルベリヒのせいだとも思っていました。しかしどんなに美しい詩であっても、人間の書き記すものである以上無垢ではないのでしょう。

この作品の美しさや巧みな寓意が、後世の詩人たちの手本となったのは事実です。赤十字の騎士の竜退治の描写などは、本当に見事だと思いました。それに道徳教育というのは大切なものです。人間の美徳のうち、スペンサーは貞潔をいちばんに挙げています。(いちばんの敵は色欲です)当時は既に梅毒が蔓延していたので、若者たちに貞潔を説くのは急務だったのではないかと思われます。

しかし、道徳というのは往々にして権力と結びつくものなのだと非常に強く感じました。わけても第五巻、正義の騎士の物語では、凄惨な殺戮が繰り広げられます。現実のスコットランド女王の処刑やスペインとの海戦、ユグノー戦争などを美化してお伽話に仕立て上げた、血なまぐさいものです。その中で常に、イングランドエリザベス女王の行いを正当化しています。この作品を読んだ多くの人が、実際のこんなきれい事ではない戦争に参加して行ったことでしょう。スペンサーの書いたような思想がイングランドを支え、無二の強国としたことは確かです。しかし、多くの戦争や侵略を称揚したことも事実でしょう。私は正直、この作品よりもケルトの素朴な妖精物語や英雄伝説の方が好きです。

とはいえ物語で事実を美化するというのは、恐らく世界中どこでもあることです。日本の酒呑童子だって、本当に鬼だったかどうかはわかりませんしね。現代でも、作家が自分の主義主張を感動的な物語で美化することも多々あるんでしょうね。少し賢くなろうと思いました。