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hanekakusiのブログ

『猫とかわうそ』http://hanekakusi.web.fc2.com製作日記です。読書の感想も書いています。

上田 秋成『雨月物語』

日本の古典

江戸時代に日本で最初に書かれた小説のひとつです。中国の白話小説をもとに日本を舞台に翻案した話です。全部で九話の短編から成ります。内容的には今でいう怪奇小説ですね。当時のインテリ向けに書かれた作品なので、私のように知識のない者には解説なしには読めませんでした。しかし最初の数話を読んでいるうちは、ただただ難しくて、ふ~んという感じだったんですけど、気がついてみればこの世界にすっかりはまり込んでいました。物語の主人公たちが、我知らぬ間に異界に迷い込んだようにです。

「蛇性の淫」とか蛇女に取り憑かれる話というあらすじだけでは全然期待していませんでしたが、とても面白かったです。「道明寺」のシナリオをなぞるかと思いきや、ですね。蛇女は女という性の二面性を有していて、主人公を取り殺そうという暗い面だけでなく、養い育む顔もあると言っていいかもしれません。真女子という蛇女の名前が好きです。何しろ真の女ですからね。

江戸はいい時代だったのかもしれませんが、現世主義だな~と思いました。謡曲なんかで亡霊が登場したらお経をあげて成仏させるものですが、「白峰」の西行法師は経文のひとつも唱えず亡霊は結局祟りっぱなしです。「菊花の約」でも友の弔いをしに行ったはずが、仇討ちだけして終わってしまっています。亡霊たちのこの世への執着は消えることはありません。またいつでも化けて出てきていいよ、ということなんでしょうか。「夢応の鯉魚」は荘子の「魚の楽しみ」とか「鯤と鵬」の話に通じるものがあって好きでしたが、絵に描いた鯉が遊ぶのはやっぱり現世の水の中なんですね。

全編にわたり、静謐な幻想世界に浸る喜びを感じる作品ですが、どの話も読後には何故か一抹の寂しさが残ります。彼岸と此岸の世界があるとして、通常人は此岸だけで生きています。だけど人によっては両者の境界に修復しがたい亀裂がある場合があって、意識を此岸につなぎ留める寄る辺が脆いと、簡単に向こう岸をさまよってしまいます。秋成もきっとそういう人だったんじゃないかという気がします。