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hanekakusiのブログ

『猫とかわうそ』http://hanekakusi.web.fc2.com製作日記です。読書の感想も書いています。

エウリピデス『トロイアの女』

トロイ陥落後、男たちは皆殺しにされ、奴隷となってギリシアへ連れて行かれる王族の女たちを題材にしています。この劇が書かれた背景には「メロス島事件」というのがあったらしいです。時はペロポネソス戦争の頃であり、スパルタ寄りだったメロス島に侵攻したアテネ軍は、島民の男を皆殺しにし、女を全員捕虜にしてしまいました。これにはさすがに当時のアテネ人も残虐だと感じたようです。

しかし、そういう作品が書かれた背景にはなるほどと思うのですが、私はこの作品自体はあまり好きではありません。プリアモスの妻へカベが中心となり延々と身の不幸を嘆くのですが、あまりにもこれ見よがしで大仰なので、同情を通り越して白けてしまいます。例えばヘクトルの幼い息子が塔から突き落とされて殺されるのですが、死体がぐちゃぐちゃになっている様子とかもへカベの口からつぶさに語られます。ここまで本当に要るのだろうかと思います。言わない方が伝わる事もありますよ。多分、当時の演劇はこういう芝居掛かった大げさな描写が好まれたのでしょう。私は嫌いですけどね。

だけど、この作品中でカサンドラはとても良かったと思います。彼女はあまりの不幸に気が狂っています。次々と不吉な予言を並べ立てますが、自分の死をも予見しています。アガメムノンはギリシアに着いたら自分の妻に殺されますが、その時カサンドラも運命を共にするのです。しかし彼女はその運命を嘆いてはいません。カサンドラアポロンも懸想したものの手を付けなかった女なので、そもそも人間のアガメムノンが婢女になどしてはいけないのです。彼女はアガメムノンがこうして身を滅ぼすことを知り、復讐のために彼の元へ赴いて行きます。きっとこれは劇が書かれた当時のアテネ人の身の上にも重なり、恐怖を感じた人もいたことでしょう。

イリアス』を読んでいると、戦士たちは自分が親や夫や子供を殺して奪った女が、自分が死んだ時には自分のために泣いてくれると信じているようなので、古代ギリシアの殿方は何て純真なのかと思いました。しかし女たちが実際どう感じていたのかはわかりません。「良くも悪くも語られる」ヘレネの本心がいかようだったのかも。女たちの記録なんてどこにも残っていませんからね。