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hanekakusiのブログ

『猫とかわうそ』http://hanekakusi.web.fc2.com製作日記です。読書の感想も書いています。

アイスキュロス『オレステイア』

読書

『オレステイア』は『アガメムノン』『供養する女たち』『慈しみの女神たち』の三部構成です。第一部でアガメムノンが妻クリュタイムネストラに殺害され、第二部で息子のオレステスが仇討ちし、第三部で復讐の女神に追われたオレステスが許され、女神は慈愛の女神に変わるという話になっています。個人的には最後のオレステスの裁きを決める裁判が面白かったです。

私はクリュタイムネストラが怖くて仕方がありません。どうしても身近な人と被るんですよ。彼女の言動は一貫しないところも多いですが、それは彼女が一般に虐げられた女の呪いや憎しみを具現化した存在だからでしょう。当時の女性は自分の運命を決めることなどできませんでした。自分を娶った男に仕え、子を産むしかありません。しかし夫にも所有されず母になることも拒むとしたらどうなるでしょうか。クリュタイムネストラアガメムノンに愛されていません。夫はつまらぬ名誉の為に戦争に出かけて10年帰らず、その間に数々のトロイア女と関係を持ち、帰還の際も愛人のカサンドラを伴っています。それに戦争を上手く行かせるために、娘を生贄にもしました。こんな夫を果たして貞節に待ち続けねばならないのでしょうか。クリュタイムネストラの対局はオデュッセウスを待ち続けたペネロペでしょうが、考えてみればオデュッセウスは魔女の元での長く楽しい虜囚生活は別として、ナウシカにも誰にも手出ししてないですし、いつも息子のテレマコスを自慢にしてもいて、いい家庭人だったことが伺えます。だから単純に比較してクリュタイムネストラを責められはしません。クリュタイムネストラ自身、この殺人について罪悪感はまったくありませんでした。彼女にも彼女なりの正義があったのです。

果たしてクリュタイムネストラの夫殺しか、オレステスの母殺しかどちらが罪深いでしょうか。オレステス自身、正義と正義のぶつかり合いと言っていますし、容易に判定はできない問題です。そこで裁判が行われます。ここではアポロンの証言が印象的です。親子で血のつながりがあるのは父子だけで、母子にはない。母親は父親の子種を宿して育てる定めにあるだけだからと言うのです。結局、陪審員の票は同数ずつに割れましたが、アテネが「私は女から産まれていないから男を贔屓する」と言って一票を投じ、オレステスの無罪が決定します。

復讐の女神は憤りますが、アテネに言いくるめられて、人々に恵みを与えることを喜びとする慈愛の女神に変容します。こうしてめでたしめでたし、というわけです。二つの正義のうちより当時の社会に適した正義がこうして選ばれました。尽くして慈しむのを女の幸せにせよ、ということです。

話は変わりますが、謡曲『金輪』では捨てられた怨みを晴らしに来た女を安倍晴明が退散させます。女の側にも理はなくはないですが、彼女たちの復讐を正当化するのは社会体制に適しはしません。虐げられた女の恨みは、世の中のためには何とか押し込めておく必要があるのですが、そう簡単に慈愛の女神になどなってくれるものでしょうか。そうして今までずっと押し込めて来た結果、女の恨みは現代社会にも深く黒々と渦巻きつづけているのでしょう。