hanekakusiのブログ

『猫とかわうそ』http://hanekakusi.web.fc2.com製作日記です。読書の感想も書いています。

『マージェリー・ケンプの書』

現存するイギリス最古の自伝で、中世に書かれました。マージェリーはごく普通の良家の女性でしたが、ある日神の啓示を受けました。そして罪を悔い改め、キリストの花嫁となるべく日々を過ごそうと誓います。

マージェリーは神と対話し、キリストの受難にまつわる鮮明なヴィジョンを見ます。そして神が訪れる度、日に何度も大声で泣き叫びました。泣き過ぎて消耗し痩せ衰える程でした。マージェリーの号泣は街で評判になり、人々からは嘘泣きの偽善者だと攻撃され、異端審問も受けました。彼女は神の慰めの言葉を聞きながらそれに耐えつつ、自らに厳しい苦行を課しました。エルサレムやローマへの過酷な巡礼もしました。14人の子供を産んだという彼女ですが、貞潔の誓いを立てるべく夫に肉体関係を絶ってくれるよう説得し、夫もついにそれを受け入れます。

もし現代にマージェリーがいたら、恐らく精神病と診断されたことでしょう。視界に白い斑点が見える、とか典型的ではあります。天使が側にいる証という事になっていますが。しかし、私は何も信仰心は無いですがちょっとした神秘体験は経験しているので、彼女が嘘を言っていないとわかります。(そういう経験の事は人には話しません。現代では中世とは別の危険がありますから)ただ彼女に悪意はないというのと、書いてある事がすべて事実だというのとは別問題です。マージェリーは何度も未来を正確に予言しますし、息子の病気を治し改心させたり奇跡も起こします。こういった事が実際起こることもありましょうが、思い込みがないとは言いきれません。彼女は行く先々で常に悪口を言われますが、中には妄想も入っているかもしれません。それはわかりません。

神は、彼女を助けた人は来世で報われ、攻撃した人は罰せられると言っています。ローマで彼女を非難し続けた修道士は、神も好きになれないと語っています。こういった言葉はマージェリーにとっては真実ですが、他の人にとってはどうだろうかと思います。また神は彼女を誰よりいちばん愛していると言います。しかしそれは、彼女に固有の体験ではないことでしょう。神は誰もにとって唯一無二の存在であり得ます。場合によっては神は彼女の敵の修道士に語りかけ、お前をいちばん愛している、マージェリーの事は嫌いだと言ってもおかしくありません。

あと、気になったのが夫との別居です。彼女は大体いつも神の啓示に従って行動していますが、別居ついては、一緒にいると姦淫していると世間に疑われるからという消極的な理由からでした。世間から攻撃されるのを自らの喜びともしていた彼女が、ここでは何故か言い訳がましいようにも感じました。ところで私は、この夫はすごい人だと思います。一度、恥ずかしさの余り他人のふりをしてマージェリーを置いて帰った事はありますが、彼女がある意味自分を捨ててキリストの花嫁となる事を許しましたし、度々問題を起こす彼女を庇い、遠方への巡礼も叶えました。普通無理ですよ。こんな理解ある夫なのですが、最後は認知症になってマージェリーが苦労して介護したと書かれていました。こういう問題は中世からあったようですね。

色々ケチをつけてしまったようですが、この本に見られる神秘体験は深いもので、非常に価値のあるテキストなのではないかと思います。とくにマージェリーが神との対話を重ねるにつれ、深みを増して行くのは印象的でした。彼女はあくまで平信徒であり、何か偉業を成したわけでもありません。しかし自らが涙を流し祈る事で多くの人が救われると神に言われ、それを信じていました。現に、彼女の周りの人々の中には影響を受けて信仰を深めた人も多くいました。とは言えいくら祈っても、具体的に人を助ける行動をしなくては意味がないと思う人もいるかもしれません。ユングは個性化を行う事で全世界を救い得ると書いていましたが、実際私は半信半疑でした。しかしこの本を読んで、心の中の祈りが世界を変える事もあるのかと改めて考えさせられました。