『自然論』について
パソコンはハード面の問題のようです。パソコン工房に行かないといけません。
『自然論』は随分前に訳しましたが、気になった点をここに書いておこうと思います。
本文中に「死体」という言葉は二回出てきます。「死体でさえ美しさを持つ」というようにです。しかしこの死体という表現は、二回ともとても唐突に思えます。
エマーソンは一人目の妻を若くして結核で亡くしました。その後も彼女のことが忘れられず、死の1年後に墓を掘り返して死体を見たそうです。こんな理性的な人物がヒースクリフのようなことをしたのかと、ちょっと衝撃でした。多分、この時に見た死体の光景は一生脳裏から離れなかったことでしょう。そのせいで死体という言葉が出てきたのは本人に聞いていないのでわかりませんが、あながち外れてはいない気がします。